Lingerie TALK vol.16 『ANNEBRA(アンブラ)』

『ANNEBRA』マネージングディレクター兼社長 スイッティ・アヌルット・ネーシリさん(後編)

 

30年の間に会社は約4倍に成長。
ANNEBRA』を愛してくださる方と会うのが
何よりも私の喜びです」

 

ランジェリー界で活躍する方々のルーツ、ポリシー、そして夢を語って頂く、「Lingerie Talk @ Lingerie Press」。
今回はタイ発のブランド『ANNEBRA』のマネージングディレクターであり、同ブランドを展開するウェーブウィリー社の社長であるスイッティ・アヌルット・ネーシリさんが登場。洗練されたランジェリーを手頃な価格で展開する『ANNEBRA』は、どのようにして生まれたのか、来日中のお忙しい合間にお時間を頂いて、じっくりお聞きしました。

型紙をカットしたり集金したり
子供の頃から家業を手伝いました
 

川原好恵(以下、川原):19歳で、心の準備もできていないまま家業を継ぐことになり、大変だったのでは?

スイッティ・アヌルット・ネーシリさん(以下、スイッティ):私が小さい頃は両親が営む会社、工場、住まいがすべて同じ所にあり、両親の仕事を間近に見て育ちました。もちろん、小さな頃から手伝いもしていましたから、家業がどのようなものかは理解していましたし、仕事の内容もなんとなくではありますが、把握していました。家業をすんなりと継げたのは、その経験があったからかもしれませんね。

川原:具体的には、どのようなお手伝いをされていたんですか?

スイッティ:アトリエでは型紙をカットしたり、工場では裁断を手伝ったり。営業のアシスタントとして付いていくこともありましたし、集金もしましたね。とにかく、ありとあらゆることを手伝いました。

川原:まさに思春期の年頃ですよね。そんな時に、ブラジャーやショーツを扱うことに抵抗はなかったのですか?

スイッティ:私はまったくありませんでしたよ。ただ、現在製品の輸出や素材・資材の輸入を担当している三男は少し抵抗があったようです。彼も小さな頃から手伝いをしていたのですが、完成した下着を店に配達に行くのは恥ずかしかったようです(笑)

ホーチミンの髙島屋(左上)、パタヤ(右上)、プーケット(下)の『ANNEBRA』ショップ。ホーチミンの髙島屋ではLA PERLA、CALVIN KLEIN、I.D SARRIERIなどと共に並びます。リゾート地プーケットでは、ビーチウェアが中心。

日本のお客様の意見も反映し、独自のサイズ展開にも対応

 

川原:『ANNEBRA』のデザインはどのようにして生まれるか、具体的なプロセスを教えていただけますか?

スイッティまず、ファッションのランウェイの写真を見ます。毎シーズン1000枚以上は見るでしょうか。それを見ながら、カラー、プリント、シルエットなどのトレンドを私なりに分析します。その分析とインスピレーションをもとに、レースや生地を選び、デザインのイメージをふくらませていきます。そして、全体のコレクションをまとめていくという感じですね。

川原日本とのビジネスを初めて8年が経ちますが、いかがですか?

スイッティアカネ(日本の輸入総代理店である株式会社ローズキャンデリアの中山茜さん)とは家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっていて、とても良いリレーションシップが続けられていると思います。タイで作った製品を輸入してもらっているわけですが、日本のお客様の意見も積極的に取り入れています。さらに、小さいアンダーのFカップ・Gカップというサイズは日本のためだけに生産しています。弊社はパターンメーキングも縫製も自社工場内で行っているため、そういった要望にもフレキシブルに対応できるのが強みだと思います。

 

タイ・バンコクにある自社工場では、約200人が働いているそう。ここでデザイン、パターンメーキング、縫製、出荷まで、一貫して行われています。

スイスのビショッフや日本の栄レースなどの素材を使用

 

川原:素材や生地は、タイのものですか?

スイッティタイのものも使用しますが、高級レースとして世界に知られるスイスの「ビショッフ」をはじめとするヨーロッパのものもよく使いますし、「栄レース」「タケダレース」「ユタックス」など日本の企業とも取引があります。基本的にレースはオリジナルの柄を使用しています。

川原カタログのビジュアルも大変洗練されていますね。

スイッティありがとうございます。これらのビジュアルもすべてタイ国内で撮影し、制作しています。モデルも毎シーズン40〜50人をオーディションして決めますし、VOGUEやELLEを制作しているクリエイティブチームと連携して作り上げ、ヨーロッパ的な洗練された雰囲気を心掛けています。

川原:19歳で会社を継がれ、ここまで立派な会社に成長させるまで、何が一番大変でしたか?

スイッティこの30年でタイの経済状況や貨幣価値も大きく変わりましたから、正確な数字を比較することは難しいですが、30年前に比べて会社の規模は4倍ほどになっていると思います。とくに『ANNEBRA』をスタートさせてから急成長しました。その間、大変だったことは特別ありません。会社がさらに成長することが私の目標ですし、こうして日本のショップを訪ねて『ANNEBRA』を愛してくださる方に会えるのは、何よりもの喜びです。日本の皆さんに、末永く愛していただけるように、これからも頑張りたいと思います。

川原:本日は、ありがとうございました。また、お会いできることを楽しみにしています。

ヨーロッパの下着・水着専門誌でも数多く取り上げられた『ANNEBRA』の洗練されたビーチウェア。今年は日本でもアイテムを広げて販売されるそうです。

 

インタビューを終えて……

当日は、スイッティさんと共に来日された二人の弟さんも同席してのインタビューでした。少し控えめに、言葉を選びながら丁寧に質問に答えてくださるスイッティさんの横で、画像や資料を出してインタビューがスムーズに進むようにサポートするだけでなく、コーヒーに砂糖を入れてあげるなど、甲斐甲斐しくお兄さんのお世話をする弟さん達の姿がとても印象的でした。「微笑みの国」と呼ばれるタイの国民性なのかもしれませんが、羨ましいほどの仲の良さ。グローバル化が進む中、ランジェリー業界でもファミリー企業が少なくなっていますが、彼らを見ていると、あらためて創業者の想いを家族の絆で繋いでいくことの素晴らしさを感じます。19歳で家業を継ぎ、そのプレッシャーに負けることなく果敢に挑戦して会社を成長させてきたスイッティさん。迷うことなく「大変だったことはない」と答える姿に、社長そして家長としての覚悟とプライドをひしひしと感じました。

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