Lingerie TALK vol.26『シェリール』

(株)シェリール 縫製課長

菅野千秋さん(後編)

 

「私たちが縫った商品を

待っている人がいる。

それが喜びであり、大きな励み」

 

ランジェリー界で活躍する方々のルーツ、ポリシー、そして夢を語って頂く、「Lingerie Talk @ Lingerie Press」。これまで、企画・デザイナーの方を中心に取材させていただきましたが、今回から数回にわたり、縫製工場の方やレースのデザイナーさんなど、ランジェリーの物作りを陰で支えていらっしゃる方々に登場していただきたいと思います。まずは、岩手県陸前高田市にあるシェリールで25年のキャリアを持つ菅野さんに、縫製の現場のお話を伺いました。

もっと若い人たちに、技術を教えたい。
 

川原:今、日本国内の縫製工場はどんどん減っているのが現状です。菅野さんは、それをどう感じていらっしゃいますか?

菅野千秋課長(以下、菅野):弊社も技術の後継者がなかなか入ってこないのが、大きな問題です。15年位前は毎年5〜6人入社していたのですが、今は1人入るか入らないかという状況です。私たちは若い人に技術を教えたいけれど、入社する人も少ないですし、後がなかなか育たないですね……。

川原:何が一番大変なんでしょうか?

菅野:入社したら練習するのではなく、商品となるものを実際に縫いながら現場で仕事を覚えていくので、必然的に最初の1〜2年は簡単な作業が続くわけです。自分が商品のどこのパーツを縫っているのかが感覚でつかめないため、ある程度縫えるようになるまでは、単純作業が続いてなかなかやりがいを感じられないのかもしれません。ただ、技術がついてきていろんなミシンを使えるようになると、仕事の幅が広がりますし、だんだん形にする工程ができるようになります。そうなると、仕事も面白くなるのでしょうが、そこにたどり着くまでが長いんでしょうね、きっと。

川原:技術を習得するって、そういうことなのだと思いますが、難しいのでしょうかね……。では、菅野さんがこれまでお仕事をしてきて、辛かったことと楽しかったことを教えてください。

菅野:辛かったこと……すぐには思いつきませんが……16〜7年前のことでしょうか。あるメーカーのOEM(相手先ブランドによる生産)を縫製したときのことなのですが、ギリギリの納期でやっと仕上げました。ところが、最後の品質検査で合格しなかったんです。結局、それから夜中の3時過ぎまでかかってやり直して、始発の新幹線で東京まで持って行って納品したことがありますね。あの時は、きつかったです。

川原:品質検査って、工場内にある自社の品質検査で、検査するのも同じシェリールの方ですよね? 皆がそれだけ頑張って縫ったのを、すぐ傍で見ていたわけですから、「これくらいだから、まぁいいか」とはならないんですね。

菅野:それは、絶対あり得ません!!お仕事を頂いた相手があることですから、いくら社内の人間同士でも、その妥協はありません。弊社は3つのラインがありますが、すべてのラインが同じレベルの仕事ができること、どんなに急ぎの仕事でも同じクオリティで仕上がることが必須なんです。

川原:では、嬉しかったことは何ですか?

菅野:私たちが縫った商品を着てくださったお客様からの声を聞いたときですね。弊社では、系列会社である島崎の自社ブランド「フリープ」を縫っていて、敏感肌の方にも安心して着ていただけるよう、縫い目が肌にあたらないように特別な縫製をしています。私自身は普通に縫製されたものを着ても不自由を感じたこともありませんし、周りにもそれほどの敏感肌の人はいないので、正直、こんなに手間のかかる縫製をする必要があるのかな、と思っていました。ところが購入してくださったお客様からの「こんな肌着をずっと待っていました」「下着を全部フリープに買い替えました」というお手紙を読んで、本当に嬉しかったですし、頑張って次の商品を作ろう、続けて行こう、と心から思いましたね。

川原:それは嬉しいですね。ユーザーの声が縫製している方にまで届くというのは、自社製品を縫っているからこそですが「自分の縫った商品を待っている人がいる」というのは、確かに大きな励みになりますよね。

昨年デビューした「Fleep(フリープ)」のラグジュアリーライン「Fleep Luxe(フリープ リュクス)」。スマイルコットンに繊細で品格のあるリバーレースをあしらった上質なインナーで、百貨店のバイヤーからの評判も好評です。
ブラキャミ6600円、ショーツ3500円

ノースリーブ5500円、ショーツ3500円

ブラジャー6200円、ショーツ3500円

震災発生から1カ月後に業務再開、それが心と生活の支えに

 

川原:最後になりましたが、東日本大震災からの復興状況はいかがですか?

菅野:陸前高田の街は、やっと津波で流された土地のかさ上げが終って、スーパーなどが少しずつでき始めているところです。人が住めるようになるまでは、まだまだ時間がかかりますね。

川原:震災当時のことを少しお話していただけますか?

菅野:地震によって天井は落ち、壁には亀裂が入りましたし、エアコンや照明はぶら下がり、水道や電気もストップという状況。ただ、弊社は高台にあるため津波の被害からは逃れることができ、社屋は無事でした。おかげさまで社員も全員無事でしたが、あれだけの甚大な被害でしたので各自さまざまな経験をし、社屋は社員の避難所となりました。本社やたくさんの方々から支援物資の手配をしていただいたので、当避難所は他の避難所よりいろいろと恵まれていたと思います。そんな中、社員たちの間から自然と「働く場所はあるんだから、仕事を始めよう」という声が出始めたんです。そして、震災発生から1カ月後の4月11日に、業務を再開しました。当時は体育館などの避難所から通う社員もいました。ただ、喪失感や無力感が押し寄せる中、業務を再開することが心と生活の支えになったことは間違いありません。業務再開後は、まず社員の体調管理が第一でしたし、生産枚数もはじめは少なく、納期も融通をきかせてもらいました。ご理解いただいたお取引先には本当に感謝しています。

川原:街全体の復興には、まだまだ時間がかかるかもしれませんが、その日が来ることを願っています。本日は業務中のお忙しい中、どうもありがとうございました。

58名が3つのラインで作業する工場。「どんな仕事もすべてのラインが同じクオリティで仕上げられることが大切」と菅野さん。

陸前高田の街を見下ろす高台にあるシェリールの社屋。震災直後は、本社のある秩父市商工会議所からの支援物資(冬物衣料1530着と湯たんぽ500個)が駐車場で配布されました。

陸前高田市のシンボルとなった「奇跡の一本松」。

 

取材を終えて……

「場所もある、ミシンもある、仕事もある。でも、人がいない」。以前聞いた、シェリールの嶋﨑博之社長の言葉がずっと心に残っていましたが、今回現場の菅野さんのお話を聞いて、縫製業界における人手不足、後継者不足は本当に深刻なのだと実感しました。その解決策を思いつくほど簡単な問題では到底ありませんが、素晴らしいお仕事をされている現場を見てお話を聞き、その姿を伝えることが私たちにできる第一歩ではと思いました。

私が初めてこのシェリールを訪れたのは震災発生から3年後の2014年2月。きっかけは前社長である嶋﨑洋子相談役が「(震災の被害は聞いているけれど)何もできなくて……」と言った私に「忘れないでいてくれれば、それでいいのよ」と言ってくださったことでした。今回の取材でその言葉を思い出し、あらためて心に刻みました。

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