Lingerie TALK vol.37 『Wacoal』

『Wacoal』ランジェリー・ディレクター

若代祥世さん(前編)

 

デザイナーを生涯の仕事と決意したのは9年前。

デザインした商品の予約完売が、

これが天職」と気付かせてくれました。

 

ランジェリー界で活躍する方々のルーツ、ポリシー、そして夢を語っていただく、「Lingerie Talk @ Lingerie Press」。今回は、1月に開催されたパリ国際ランジェリー展で“デザイナー・オブ・ザ・イヤー2018”を受賞した、ワコールヨーロッパ『Wacoal』のランジェリー・ディレクター若代祥世さんに登場していただきます。これまでヨーロッパ勢が占めていた同賞を受賞した感想、それまでの道のりとキャリアについて、パリでお聞きしました。

下着の本場パリでの受賞は、とても大きなご褒美を頂いた気持ち
  

川原好惠(以下、川原):この度は、“デザイナー・オブ・ザ・イヤー2018”の受賞、おめでとうございます。日本人として、本当に誇らしく思いました。今の率直な感想をお聞かせください。

若代祥世ディレクター(以下、若代):ありがとうございます。感想は「嬉しい!」のひと言。とても大きなご褒美を頂いた気持ちです。弊社は長年、ヨーロッパで努力をしてきたものの、私たち日本発のブランドが、下着の本場パリでこのような賞をいただけるとは、正直思っていませんでした。

川原:表彰式では、パリ国際ランジェリー展を主催するユーロヴェットの代表、マリー・ロール・ベロンさんが、創業者である塚本幸一氏が戦後の日本女性を下着によって解放したことなど、その歴史や企業理念まで述べられたことに感動しました。実は先ほど、貴社の広告宣伝部の方々を同展のPR担当者に紹介したのですが、「京都から来たの?」と質問されていました。京都が本社だと、皆知っているんですね。私達日本人が思っている以上に、『Wacoal』というブランドは広く知られていると実感しました。では、まず若代さんの、現在のお仕事内容から教えていただけますか。

若代:ワコールヨーロッパ『Wacoal』のランジェリー・ディレクターとして、デザイン統括を行っています。具体的な仕事の内容は、シーズントレンド情報収集、デザインの企画立案、商品構成立案、フィッティング確認、コスト管理、全体のスケジュール管理です。それに加え、日本のワコールで開発された機能、素材メーカーや加工メーカーで開発された新機能、新素材を企画のメンバーに紹介するイノベーションミーティングの運営責任者も担当しています。

川原:これまでどんなお仕事をされてきたか、教えていただけますか?

若代:大阪文化服装学院ファッションクリエイター学科で学び、下着のパタンナーになりたくてワコールに入社しました。学生時代から、パターンワークと立体裁断の授業が好きでしたね。入社して3年目までパタンナーを経験し、4年目にアシスタントデザイナーになり、デザイナーとしての道を歩み始めました。パタンナーとして、『サルート』のブラジャーのパターン、乳房を手術した方に向けた『リマンマ』のパターンなどを担当することで、パターン開発の重要性をあらためて感じました。

パリ国際ランジェリー展での“デザイナー・オブ・ザ・イヤー2018”表彰式。同賞は、パリで開催される「フーズネクスト」や「メゾン・エ・オブジェ展」などの合同展で構成するパリ・キャピタル・ド・ラ・クリエイションと「パリ国際ランジェリー展」が与える賞で、これまでヨーロッパ勢が独占してきましたが、今年、ワコールが日本発のブランドとして初めて受賞するという快挙を成し遂げました。

パリ国際ランジェリー展でのワコールスタンド。正面入り口に、同展最大級の規模の広さのスタンドを設け、その上には「Lingerie Designer of the year 2018」の大きなサインが掲げられました。

ワコールヨーロッパは、1990年に設立されたワコールフランスを前身とし、ワコールホールディングスの100%子会社として2015年に設立。『Wacoal』以外に、大きなカップや豊満な体型の女性に向けた『FANTASIE』や『elomi』など6ブランドを擁しています。

全国の専門店の皆様の応援・ご指導は私の財産

 

川原:ワコールさんの場合、デザイナーを目指される方もほとんどの方がパタンナーとしてキャリアをスタートされるとお聞きしましたが、若代さんもそうなのですね。デザイナーとしても、色々なブランドを担当されたと思いますが、思い出に残っている商品はありますか?

若代:入社4年目に『サルート』のアシスタントデザイナーとして、デザイン業務を学んだあと、『ワコール』ブランドのデザイナーとなり、1999年に担当したマシュマロブラが大ヒット商品となりました。とても嬉しいことではありますが、その反面「このようなビッグヒットを、自分はもう一度作れるのか……」という思いが広がりました。それから、ヒット商品に固執するのではなく、継続的にお客様に喜んでいただける商品を開発するため、マーケティングの勉強を始めたんです。まず本屋へ行き、自分に合いそうなマーケティングの実践と基礎に関する本を探して熟読することから始めました。そして、自分なりのマーケティングスケール(市場分析のための仮説)を作り、そこに商品をあてはめて新しいデザインを発案。発売後はその実績をマーケティングスケールにあてはめて検証・修正いくようなイメージで、独自のマーケティング手法を作り上げました。それと同時に先輩方が書かれた商品企画書を何度も繰り返し読む事で、ヒット商品を生む発想方法も学びました。
その後『サルート』のチーフデザイナーとなったのですが、それまでに学んだマーケティング手法と特徴あるデザインを融合させたことで、『サルート』は日本を代表するブランドへと成長しました。

川原:『サルート』は専門店ブランドですから、きっと他のブランドとはデザインの考えも仕事の進め方も違うのではないですか?

若代:はい、そうですね。下着専門店には各地に業界で有名なオーナーさんやフィッターさんがいらっしゃいます。アシスタントデザイナーとして専門店限定ブランドを担当させていただいた当時、皆さんにデザインやフィッティング、お客様について色々と教えていただきました。2005年に『サルート』のチーフデザイナーとして戻って来たとき、専門店の皆様に「若ちゃんが戻ってきたなら、私も頑張らないとね」と応援してもらったのは、本当に嬉しかったです。全国の専門店で催されるサルートイベントには私もトークショーなどで参加していたのですが、その時に専門店の皆様にかけて頂いた言葉やご指導は、本当に勉強になりましたし、今でも私の財産です。

川原:テザイナーとして、実際にオーダーしてくださる専門店さんや、お客様と直に触れ合うというのは、いろんな刺激を受けそうですね。

若代:下着デザイナーになってずいぶん経ちますが、下着デザイナーを生涯の仕事として真剣に取り組もうと決心したのは、実は『サルート』のデザイナーとして最後の年となった9年前のことなんです。その年に発表した“34シリーズ”が予約完売するという、私自身初めての経験をしました。商品を購入できなかったお客様が、「34シリーズがあるか無いかは分からないけれど、あるとしたらここしかない!」と京都のサルートショップのオープン初日に朝から並んでくださって、このシリーズをお買い求めくださいました。一番遠方の方は、東京からその“34シリーズ”を手に入れるために来店してくださったと記憶しています。その“34シリーズ”は、何となくデザイナーという職種に迷いを感じていた私に、「これが天職だよ」と気付かせてくれた、まさに“運命のランジェリー”だったと思います。それと同時に、印象的なレースデザインを一緒に作り上げてくだったレースメーカーの皆さん、ドラマティックなカタログを作ってくれた制作チーム、全国でサルートイベントを企画してくれた同僚、皆の力が合わさった結果であることを実感しました。

若代さんが日本の『ワコール』ブランドのデザイナー時代に担当され、大ヒット商品となった「マシュマロブラ」。新素材マシュマロパッドを使用した、ふんわりと優しい着け心地は大きな話題となりました。

若代さんが「デザイナーを生涯の仕事とする決心をした」と言う『サルート』の“34シリーズ”。予約で完売するという実績を残した“運命のランジェリー”です。

*次号(4/30公開予定)では、日本・中国・ヨーロッパでデザイナーとして活躍されてきた若代さんの視点によるそれぞれの市場の違い、“デザイナー・オブ・ザ・イヤー2018”受賞のエピソードをご紹介します。

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