Lingerie TALK vol. 43 『キッドブルー』

『キッドブルー』 商品部 部長兼 デザイングループ グループリーダー

平野洋子さん(前編)

入社当時、創業者と共に働いたことが私の財産。

物づくりに妥協しないことを学びました。

ランジェリー界で活躍する方々のルーツ、ポリシー、そして夢を語っていただく、そして夢を語っていただく、「Lingerie Talk @ Lingerie Press」。今回は1979年に誕生したライフスタイルブランド『キッドブルー』のクリエイションを、商品部長として統括する平野洋子さん。約40年続くブランドの変わらぬフィロソフィーを重んじながらも、“今”を感じる物づくりはどのように生まれているのか。ブランドに携わってこられた約20年を振り返りながら、お話をお聞きしました。

1979年に、3姉妹によって設立されたライフスタイルブランド

川原好恵(以下、川原):『キッドブルー』は私が10代の頃からあったブランド。高校生の時にお小遣いをためて、細かいピンタックが入ったキャミソールを買ったときの嬉しさは、今でも覚えています。

平野洋子商品部長(以下、平野):『キッドブルー』のコンセプトは誕生当時も今も「気持ちの良い時間、気持ちの良い空間」。ブランドカラーのブルーとホワイトを中心に、心安らぐライフスタイルを提案しています。1979年に3姉妹によって設立され、1995年にカドリールニシダグループの傘下となり、今に至ります。

川原:商品部長としての今のお仕事内容を教えていただけますか?

平野: 商品が店頭に出るまでの、すべてに関わります。シーズンテーマの立案、アイテム構成、スタイリング計画、素材開発、デザイン打ち合わせ、サンプル検討、フィッティングに携わり、コスト管理や価格設定、数量決定も店舗MDと共に行います。

川原:展示会をいつも拝見していますが、下着や部屋着だけでなく小物も充実していますから、きっとすごい型数ですよね。

平野:年間約600点を展開しています。それを、デザイナー4人で協力し、切磋琢磨しながら作り上げています。

川原:展開数が多くアイテムも幅広いですが、テザイナーさんはアイテムで担当が分けられているのですか?

平野:これまで「デザイナーはマルチにクリエイションできるようになってほしい」と考えていたので、あえてアイテムごとの担当分けはしていませんでした。ただ、現在はデザイナーもかなり育ち、そのマルチな実力を生かしつつ、担当分野を確立してきています。『キッドブルー』は、部屋でくつろぐ時間に着る“リラクシング”、就寝時に着る“ナイトウェア”、近所にも着て行ける“ワンマイルウェア”で構成されていますが、その境もどんどんなくなっていて、販売スタッフが店頭で色々な着こなしを提案するようにしています。

『キッドブルー』のブランドカラーはブルーとホワイト。ブルーは海の色、空の色、健康的な地球の色、さわやかな自然を表し、ホワイトはまだ何も描かれていない、未知を意味しています。

バレリーナの美しいランジェリー姿に憧れた少女時代

川原:平野さんが『キッドブルー』に就職した経緯は?

平野:実は美大に通いながら、街のランジェリー専門店でアルバイトしていたんです。インポートも国産も扱っているお店でした。

川原:学生時代からランジェリーに興味があったのですね。

平野:そうですね。なぜ、ランジェリーに興味を持つようになったのか考えると、4歳から10年間習っていたモダンバレエの楽屋風景がきっかけだと思います。舞台に出る前、年上のバレリーナ達と一緒に着替えるわけですが、その姿が本当に美しくて。バレリーナですから体が美しいうえ、その体にきれいなランジェリーをまとっていて、その姿に子供ながら憧れたんですね。その憧れがあって、ランジェリー専門店でバイトを始めました。

川原:大学卒業後は?

平野:グラフィックを学んでいたので、パッケージの会社に就職が決まりかけていたのですが、ランジェリーが好きでしたから、最終的にインナーウェアメーカーに就職しました。2年足らずで退職したのですが、その頃から「キッドブルー」が好きだということをよく人に話していました。下着や部屋着を扱っているのに、ショップはアウターのフロアにあって、特別な存在だったんです。そして、人を募集していることをある方が教えてくれて、1995年に入社することができました。

川原:自分が好きなことをまわりに話していたから、チャンスが回って来たんですね。やはり、夢を口にするというのは、大切ですね!

毎シーズン制作されるビジュアルブックは『キッドブルー』の世界観を伝える、お客様との大切なコミュニケーションツール。ライフスタイルブランドという言葉が生まれるずっと前から、素敵な生活を感じさせるビジュアルでした。

完成した商品を見て、そのこだわりの意味がわかった

川原:入社した当時の思い出は?

平野:私が入社した当時は、創業者のひとりである川上美由紀さんが社長だったんです。その方と一緒に仕事ができたのは、本当に何よりの財産ですね。「仕事は見て覚えなさい」という方だったので、手取り足取り、教えてもらうことはありませんでしたが、商談も打ち合わせも、いつも同席させてもらっていました。とにかく、物づくりのすべてにおいて細かくこだわる方で、その妥協しない姿勢には、驚くことばかりでした。

川原:例えば?

平野:制作途中で方針が180度変わることもよくありましたが、商品が完成すると、そこでこだわった意味がわかるんですよ。

川原:すごいカリスマ性ですね。

平野:当時は売り上げも今の約4分の1。いい生地を提案されても、ロットがまとまらないうえ、とことんこだわる。でも「キッドブルーさんと仕事すると開発力がつくから」と請けてくださるレース屋さん生地屋さんも多かったですね。今の『キッドブルー』があるのは、そうやって力になってくださった皆さんのおかげだと心から思います。

1989年当時、『キッドブルー』を擁していたブルーインターナショナルの会社案内に掲載されていたショッパーや販促物。下は、オープンを間近に控えた、代官山の旗艦店「キッドブルー アルカディア」の企画パース。

*次号(7/31公開予定)では、平野さんが入社されてから今までに経験された物づくりの現場をお聞きします。

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