Lingerie TALK vol. 44 『キッドブルー』

『キッドブルー』 商品部 部長兼 デザイングループ グループリーダー

平野洋子さん(後編)

企業デザイナーの仕事は
ひとりでは成り立ちません。
だからこそ、良い仲間に恵まれることが大切。

ランジェリー界で活躍する方々のルーツ、ポリシー、そして夢を語っていただく、そして夢を語っていただく、「Lingerie Talk @ Lingerie Press」。今回は1979年に誕生したライフスタイルブランド『キッドブルー』のクリエイションを、商品部長として統括する平野洋子さん。約40年続くブランドの変わらぬフィロソフィーを重んじながらも、“今”を感じる物づくりはどのように生まれているのか。ブランドに携わってこられた約20年を振り返りながら、お話をお聞きしました。

テキスタイルデザインを通し、物作りの楽しさをより深く知ることに

川原好恵(以下、川原):前回は『キッドブルー』創業者のひとりである川上美由紀さんと一緒に働かれた貴重な経験をお聞きしました。もう少し、ブランドのルーツを教えていただけますか。

平野洋子商品部長(以下、平野):『キッドブルー』は川上さんを含む3姉妹の方々によって1979年に設立されたブランドですが、アトリエはその3年前から始動していました。ファッション雑貨を中心に営業を開始し、程なくしてアウターまで展開する『ムービングブルー』ブランドを発表。ラインナップの中でキャミソールやフレアパンツなどランジェリーの要素があるアイテムが好評だったため、そのカテゴリーを独立させるかたちで『キッドブルー』が設立されました。『ムービングブルー』から生まれた子供(=KID、キッド)という意味で『キッドブルー』と名付けられました。アイテム構成も今とは異なり、水着やリゾートウェアまで展開していました。 他にもメンズサイズのクールなシャツパジャマ、アウターライクにコーディネートできるトライアングルブラなど、ファッション感度の高いアイテムを積極的に提案していてそういったアイテムは当時のビジュアルブック表紙にも使われていました。

川原:まさに、ライフスタイルブランドの先駆けですね!

平野:川上さんが退社されてからは、クリエイティブの面でもより強固なチームワークが必要になりました。それまで路面店やファッションビルが中心だったのですが、百貨店に店舗が増えていったことで、マーチャンダイジングにも変化が出てきました。

1989年秋冬コレクションのシャツパジャマ。1989年当時は直営店が2店舗、FC及びインショップが20店舗と会社案内にあります。

川原:その中で、平野さんはどのようにキャリアを積まれてきたのですか?

平野:入社3年目頃から刺繍やプリントのテキスタイルデザインを担当するようになり、2001年に初めて総レースのテキスタイルデザインに取り組む機会を得ました。それがこのローズレースシリーズです(下記参照)。レースでプリントのような表現ができないか模索し、手描きで図案をひとつひとつ描いて、レースメーカーの方々と一緒に創り上げたものです。自分の手で描いたものがイメージ通りに仕上がり、店頭に並んだときは、今までにない達成感がありました。オリジナルのテキスタイルを作りたくてキッドブルーに入社したのですが、こうして実現し、さらに物作りの深さや楽しさを知ることができました。そのあと経験を積んで、2005年にチーフデザイナーになり、今に至ります。

平野さんが初めて総レースのデザインを担当したローズレースシリーズ。手描きの図案と、完成品を並べて見せていただきました。

そのテキスタイルを使ったアイテムが掲載された2001年秋のビジュアルブック。

「キッドブルーらしさ」は継承し続けるブランドコンセプトによる共通認識

川原:『キッドブルー』の特徴のひとつに、アンダーウェア、ナイトウェア、リラクシングウェアが同じ世界観で表現されている部分がありますよね。

平野:そうですね。同じテキスタイルのアンダーウェア、ナイトウェア、リラクシングウェア、そしてグッズまでを複数の素材で展開しますし、クロスオーバーコーディネートを提案するブランドは当時でもめずらしかったと思います。その後も、ストライプやドットなど様々なテキスイタルをデザインしてきました。こだわった部分をお客様が喜んでくださるのも、店頭ビジュアルとして飾られたりするのも同様に嬉しかったです。

キッドブルーらしさが存分に表現されているストライプレースシリーズ。2004年春コレクションより。

川原:思い出に残っているシリーズは、何かありますか?

平野:そうですね、2002年に発表したレースにプリントを施したシリーズは印象に残っています。かなり冒険だったのですが、しっかりとキッドブルーらしく完成しました。取り外しできるパッドがついているノンワイヤーのカップブラが誕生したのも2002年。今でいうブラレットです。その後も、着け心地の良さを追求して修正を重ね、今につながるベストセラーアイテムに育ちました。

川原:「キッドブルーらしい」という言葉が出ましたが、どうしてデザイナー全員が同じようにキッドブルーらしさを表現できるのですか?

平野:「気持ちの良い時間 気持ちの良い空間」というブランドコンセプトをデザイナーひとりひとりが理解しているからではないでしょうか。『キッドブルー』では花柄、水玉、ストライプ、エンブレースなど、アイコンとして認識されているテキスタイルのイメージがあります。その中にもトレンドがあり、どのようなトレンドを取り入れ、どのように新しさを表現していくのかも、ブランドコンセプトというフィルターをかけることで、一致した方向性を見出すようにしています。

2002年当時はまだ珍しかった、レースにプリントを施したカップブラ。その後、このカップブラはベストセラーアイテムに。

辛い思い出と嬉しかった思い出は、いつも抱き合わせ

川原:これまでお仕事をされていて辛かったことと、嬉しかったこと・楽しかったことを教えてください。

平野:辛かったことは、すぐに思いつかないですね……。あったとしても、それは嬉しかったことと抱き合わせ。辛かったからこそ、それを乗り越えたとき、成し遂げたときの喜びは大きいので、思い出としては嬉しかったことしか残っていないように感じます。

川原:では、これからランジェリーデザイナーを目指す人にアドバイスをお願いします。

平野:良い仲間をつくってほしいと思います。企業デザイナーの仕事はひとりでは成り立ちません。信頼できる同僚はもちろんですが、素材開発や縫製技術のプロフェッショナルに支えられてこそ、クリエイティブな仕事ができると考えています。1999年の『キッドブルー』20周年パーティのときに、素材メーカーや縫製メーカーの方々などお取引先をご招待したのですが、その際に創業者の川上さんが皆さんを紹介してくれました。言葉で教えられたわけではありませんが、川上さんが取引先の方々を大切にもてなす姿を見て、そのことを学びました。お互いを尊重するフラットなチームワーク、人間関係が物作りには何より大切だと思います。

川原:本日は貴重なお話をありがとうございました。来年はブランド設立40周年ですね。今から楽しみです!!

2018年秋冬展示会。「Gift」をテーマに、『キッドブルー』『キッドブルー・メン』『キッドブルー・スター』が展示されました。

インタビューを終えて……

40年もブランドを維持する難しさは、ファッションビジネスに携わる人なら誰もがご存知かと思います。会社内外を問わず、チームプレーで『キッドブルー』は作られている、それは創業者から教わった、というお話を平野さんから聞き、継続しているその理由が少しわかったような気がしました。

今回のインタビューを通し、ドキドキしながら『キッドブルー』のコットンキャミソールを買った自分の10代の頃を思い出しました。今の10代にも、ドキドキしながら下着を買う思い出をひとつでも作って欲しいな、と思います。

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